
創業80年以上を誇る福岡・中洲の老舗料理店「博多石焼 大阪屋」は、大正15年に産声をあげました。初代・西川清太郎が、当時としては広く知られていなかったアイスクリン(アイスクリーム)を食べてもらおうと大阪から福岡に出てきて「味の大阪屋食堂」を開いたのが、博多にあって「大阪屋」と名付けられた由縁です。
アイスクリンは夏の季節商品ということもあり、大阪では「ハレの日の特別料理」として親しまれていたすき焼きを始めました。昭和9年に刊行された、夢野久作『山羊髯編集長』にも、当店のものと思われるすき焼きが登場しています。
昭和28年に1階は「食堂の大阪屋」、2階はすき焼き・水炊きの「大阪屋別館」 として2階建てビルを改築し、同30年には5階建て店舗を新築しました。そして同55年に現在の名物となる「博多石焼」が登場し、店名を『博多石焼 大阪屋』に変更して現在に至ります。
大正15年の創業以来、大阪屋は博多中洲でご当地の味を守りつづけ、玄海の活きた素材にこだわり、四季折々の博多の郷土料理や当店自慢の石焼料理を地元銘酒や焼酎とともに心ゆくまでお楽しみいただけます。
長い歴史の中で、ありがたいことに、たくさんのリピーターのお客様にご来店いただいております。平成21年3月には石焼用の無煙ロースターを(株)西部ガスと共同で開発し、また店内を改装して新たなスタートを切りました。
普段から大阪屋をご愛顧いただいていたお客様はもちろん、博多石焼を食べたことが無い人も、ぜひ生まれ変わった大阪屋で新しい博多名物・博多石焼をご賞味いただければと思います。



| 大正15年 | 5月 現在の住所(中洲5丁目)にて『味の大阪屋食堂』を創業。 関西からアイスクリーム製造機を販売する目的で来福した初代西川清太郎が、当時としては広く知られていなかったアイスクリン(アイスクリーム)を食べてもらおうと実際に製造・販売したのが始まり。 アイスクリンは夏場のみの季節商品のため、すき焼きも扱うようになる。 「すきやきの殿堂」として一人前15銭で販売。 |
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写真中央:創業者の西川清太郎 |
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| 昭和9年 | 夢野久作「山羊髯編集長」刊行。 当店のものと思われるすき焼きが文中に登場。 「ポケットに残っていた五十銭玉を、東中洲の盛り場で投出して、飯付十五銭の鋤焼を二人前詰込んだ吾輩は、悠々とステッキを振り振り停車場へ引返した」 |
| 昭和10年 | 十銭洋食としてカレーライス、オムライス、チキンライスを新発売 |
| 昭和15年頃 | 2階建てビルに改築 |
| 昭和20年 | 福岡大空襲にて店舗焼失 |
| 昭和21年 | 営業再開 |
| 昭和28年 | 11月 『株式会社 味の大阪屋食堂』設立 |
| 昭和28年 | 蝋細工の食品サンプルを大阪より取り寄せ、福岡で戦後初めて店頭に置く |
| 昭和30年 | 5階建て(一部2階建て)店舗ビル新築 |
| 昭和36年 | 5月 1階食堂フロアを改装 |
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| 昭和55年 | 博多名物の新たなメニューとして「博多石焼」を打ち出し、店名を 『博多石焼 大阪屋』に変更。 |
| 昭和63年 | 5階建て店舗ビル新築 |
| 平成20年 | 社名を『株式会社 大阪屋』に変更 |
| 平成21年 | 石焼用の無煙ロースターを西部ガスと共同で開発し、1・2階に設置。 |